今回取り上げるのは、2025年1月に劇場公開されたホラー映画『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』です。
本作は、直接的に驚かせる演出ではなく、物語の背景や登場人物の目的を考えさせられる作品です。
まずは作品の基本データを見ていきます。
🎥 作品基本データ
| 項目 | 内容 |
| タイトル | ミッシング・チャイルド・ビデオテープ |
| 公開日 | 2025年1月24日 |
| 監督・脚本 | 近藤亮太 |
| 上映時間 | 104分 |
| ジャンル | ホラー、モキュメンタリー、ミステリー |
🎞️ 劇場版のルーツ:短編版について
本作を語る上で欠かせないのが、2023年に制作された同名の短編映画版の存在です。
第2回日本ホラー映画大賞の大賞を受賞した短編版では、本映画と同じで弟が行方不明になった兄弟と、幽霊が見える友人、不気味な実家が出てきます。今回の劇場版は、その核心部分を継承しつつ、舞台となる「摩白山」の謎や登場人物たちの背景を大幅に拡張した「完全版」とも呼べる一作になっています。
📝 ストーリー:記録された「失踪」の断片
「そのビデオテープには映ってはいけないものが映っている・・・」
主人公の敬太(杉田雷麟)は、幼い頃、弟の日向(ひなた)が自分と出かけた山で失踪するという、拭い去れない過去を抱えていた。
大人になった彼は、今も失踪した人間を探すボランティア活動を続けている。ある日、突然母から古いビデオテープが送られてくる。それは、あの日向がいなくなる瞬間を記録した、忌まわしい映像だった。
同居人の司(平井亜門)はそのテープに禍々しい空気を感じ、深入りしないよう助言する。しかし、過去に囚われた敬太は止まることなく、日向が消えた“山”へと向かう。彼を追う新聞記者の美琴(森田想)も帯同し、3人は真実を求めて山へと足を踏み入れるが――。
👤 主要登場人物
- 敬太:幼い頃に弟を山で失った主人公。遺品のビデオテープをきっかけに再び過去と対峙する。
- 司:敬太の同居人。霊感を持っている。
- 美琴:摩白山の行方不明事件を追う記者。
『ミッシングチャイルドビデオテープ』に残された8つの謎
本作には、物語の中で解決・説明されないまま提示された謎がいくつも存在します。ここでは、私が重要と考える謎を整理します。
1. 摩白山(ましろやま)に関する疑問
地元で語られる摩白山の特殊な性質。
- 「神様を捨てる山」:この山には行方不明事件が多く、地元住民が遺骨や神具などを「捨てに来る」場所であったという事実が語られます。
- 存在しないはずの建物:山中に病院のような建物が存在しますが、地元住民ですらその場所や由来を把握していません。
2. 怪異が集中する「2階」
作中の決定的な出来事は、常に建物の2階で発生しています。
- 大学生のボイスレコーダーに残された恐怖の声、日向の失踪地点、敬太の母の自殺場所、そして司の消失。なぜ「2階」なのか、その理由は明らかにされません。
3. 日向(ひなた)の失踪:あの日、何が起きたのか
日向は摩白山の建物内で忽然と姿を消しました。大規模な捜索でも遺体すら発見されていません。
- 目撃された「ひなた」の正体:建物の2階付近で日向を目撃したと主張する敬太に対し、司は「今敬太が見ているのはひなたではない」と告げました。敬太の目の前にいた存在が何であったのか、作中で明言されることはありません。
- VHSの不自然な映像:ビデオには失踪直前までの日向が映っていますが、最後に記録された彼の様子は極めて不自然なものでした。
4. 司(つかさ)の消失:なぜ彼だけが消えたのか
司は敬太に「ひなたは死んでいる」という主旨の言葉を伝えた直後、忽然と姿を消しました。
- 彼が消失したのは、VHSの映像内にも登場した「建物の2階の廊下」です。その後、司が発見されたという報告は一切ありません。
5. 現場に残された「記録媒体」
現場には常に、その場にいた人間の痕跡を示す「記録」が残されています。
- 敬太が発見したVHSテープ、大学生が行方不明になった現場に残されたボイスレコーダー。人間が消えても、そこには記録されたデータだけが残存するという事象が繰り返されています。
6. 亡き父の介入と「謎の電話」
すでに死亡している敬太の父に関連する、説明のつかない事象が存在します。
- 死者からの着信:記者である美琴のスマートフォンに着信した、「敬太を頼む」という電話。発信元は、数年前に亡くなっているはずの敬太の父でした。
7. 美琴が無事だった理由
司が消え、日向が消えたあの建物に深く入り込みながらも、美琴は敬太と共に生還しています。彼女がなぜ「連れて行かれなかった」のか、その条件は説明されないまま物語は幕を閉じます。
【考察】摩白山(ましろやま)の正体と、異界が持つ「忘却」の力
これまで整理してきた多くの謎。それらの根底に流れるのは、舞台となる「摩白山」そのものの異質さです。ここでは、当リサーチが独自に収集した情報と民俗学的な視点を交え、この山の正体に迫ります。
1. 民俗学的考察:逢魔(おうま)の山と「穢れ」の集積
摩白山は、過去に合併などにより度々その名称を変えてきました。その名残の一つが「合馬山」です。
この「合馬」という響きは、不吉な時間が訪れる「逢魔が時(おうまがとき)」を強く連想させます。メタ的な視点で見れば、この山が「魔に出会う場所」であることを暗示していると言えるでしょう。
この山は、古くから地元住民にとって「いらなくなったものを捨てる場所」でした。作中で司と敬太が大量の骨壷や仏壇を発見した事実からも、この場所が単なる不法投棄の場ではなく、現世から「切り離したいもの」が行き着く場所であったことが伺えます。
民俗学において、こうした「不要なもの」や「死」に関連するものは「穢(けが)れ」とされ、集落の外(境界)へ排除される傾向にあります。摩白山は、まさにその穢れの最終集積地だったのです。
2. 核心:摩白山が持つ「捨てたものを消す」力
これは、民宿の息子が語ったあるエピソードです。
「昔、祖母が生理が嫌で、血が着いたパンツを山に捨てた。その後、本当に生理が来なくなって喜んだ」
この話は、一見すると単なる奇談のようですが、山の本質を鋭く突いています。息子が「では自分はなんなのか」と困惑するように、この山は物理的な「モノ」だけでなく、それに付随する「因果」や「記憶」さえも“消し去る”力を持っているのです。
つまり、摩白山とは単なる物理的な空間ではなく、「この世から忘れ去られたいもの」「存在しなかったことにしたいもの」を吸い込み消し去る力を持っています。
3. 捨てられた神様、死者の記憶が生んだ“記憶の廃墟”
摩白山には数々の神具や骨壺な「神様」や「死者」にまつわるものが捨てられてきました。もしかすると始めはただ物が多く捨てられる山であったのかもしれません。しかし、その捨てられた「神様」や「死者」の力によって摩白山はひとつの「怪異」となったとは考えられないでしょうか。
また、山中に現れる存在しないはずの「病院のような建物」。これも摩白山の性質によって生まれた空間だと推測します。
この建物は、山に大量に捨てられた骨壷、すなわち死者たちが最後に見ていた風景(病院)の記憶が実体化したものではないでしょうか。
無機質な廊下や手すり。死者たちの最後の一瞥が山に蓄積し、“記憶の廃墟”として形を成した。だからこそ、その場所は地図に載らず、地元の人間も場所を把握できない不安定な存在なのです。
世代も境遇も異なる登場人物たちが、一様に「2階」という場所に恐怖を感じ、そこで人生を断絶させられているという事実は、本作における最大の怪異の一つと言えます。
2. 空間の共通点:事象が「2階」に集中する怪異
本作を詳細に調査すると、すべての決定的な悲劇が「建物の2階」という特定の空間に集約されていることがわかります。これは単なる偶然ではなく、この空間そのものが持つ異常性を際立たせています。
- 失踪と消失の場 幼少期の日向が忽然と姿を消したのは、この建物の2階でした。そして現代、霊能者である司が「日向は死んでいる」と告げた直後に消失したのも、ビデオ映像と同じ2階の廊下です。
- 死が選ばれる場所 敬太の母親が自ら命を絶つ場所に選んだのも、この建物の2階でした。この場所には、人を死や消失へと誘い込む、あるいは物理的に「不在」にさせる力が働いていると考えられます。
- 重なり合う「2階怖い?」という言葉 大学生が遺したボイスレコーダーには「2階怖い?」という問いかけが記録されていました。そして、これと全く同じ言葉を、敬太もまた司に対して投げかけています。場所も、時間も、発言者も異なるにもかかわらず、全く同じフレーズが「2階」というキーワードと共に現れる。この不気味な一致は、あの空間が持つ呪いのような強制力を示唆しているかのようです。
3. 【深層考察】日向の失踪と「観測された死」の廃棄
日向の失踪事案において、最も不可解なのは「なぜ一人の子供の遺体が、現代の捜査技術をもってしても一切発見されなかったのか」という点です。その答えは、あの日、建物内で敬太がとった「ある行動」に隠されていると当リサーチは推測します。
ビデオの裏側に隠された「転落の記憶」
現代、司はビデオの中の世界に足を踏み入れ、そこで転落し命を落とした日向の姿を「観測」しました。
ビデオには映っていませんが、あの日、幼い敬太もまた、転落した直後の日向を見つけていたのではないでしょうか。日向を疎ましく思い、かくれんぼの最中に起きた最悪の事故。目の前に横たわる「弟の死」という耐え難い現実を、敬太は目撃してしまったのです。
「死の事実」そのものを山に捨てた
ここで摩白山の「捨てたものを消す」性質が働きます。
敬太は、日向の死というあまりに重すぎる現実を「なかったことにしたい」と切望し、日向の遺体と、彼が死んだという事実そのものを山に「捨てた」のではないでしょうか。
- 因果の消去:山は敬太の「廃棄」を受理しました。その結果、日向の死は「死体」という物理的な証拠ごと、この世界の理から切り離されてしまった。
- 見つからない遺体:警察がどれほど捜索しても、あるいは何十年経っても遺体が見つからないのは、敬太がその事実を捨てた瞬間に、日向の死が「未解決の失踪」へと書き換えられたからに他なりません。
敬太が大人になっても失踪者ボイスレコーダーを続けているのは、彼が「弟がどこかに生きている」と信じているからではありません。自分が山に捨ててしまった「日向の死」を、もう一度自分の手で現世に引き戻さなければならないという、終わりのない贖罪のループに囚われているからなのです。
4. 司(つかさ)の消失:敬太に「捨てられた」観測者
霊能者として敬太に寄り添い、共に調査を進めていた司。彼がなぜ、あの2階の廊下で忽然と姿を消さねばならなかったのか。そこには摩白山の冷酷な法則と、敬太の深層心理が深く関わっています。
突きつけられた「日向は死んでいる」という事実
司は、敬太の傍にずっと寄り添っていた「日向の霊」を視ていました。そして、敬太が最も恐れ、認めようとしなかった事実――**「日向はもう死んでいる」**という真実をストレートに突きつけます。
敬太にとって、その言葉は救済ではなく、耐え難い絶望であり、「司を拒絶する」ための十分な動機となってしまいました。
敬太による「二度目の廃棄」
前項で考察した通り、摩白山は「いらなくなったものを消す」場所です。 あの日、幼い日向を「疎ましい」と感じて捨ててしまった時と同じように、敬太は自分にとって都合の悪い真実を突きつける司を、心の底から「拒絶」してしまったのではないでしょうか。
- 拒絶=廃棄の合図:敬太が司を「いらない存在(拒絶の対象)」とした瞬間、山の性質が作動。日向が消えたのと同じ場所(2階の廊下)で、司もまた「捨てられたもの」として処理され、異界へと消失した。
司が消えたのは、怪異に襲われたからではなく、親友である敬太に「捨てられた」からである。そう考えると、彼が消え際に敬太に向けた感情や、その後一切発見されない絶望的な理由が、より鮮明に浮かび上がってきます。
5. 記録媒体と生還の法則:山が「モノ」を遺す理由
本件の調査で浮き彫りになった最も奇妙な事象。それは、人間が消えた現場には必ず「記録媒体」が残されているという点です。
- 敬太が発見したVHSテープ(失踪した日向の記録)
- 現場に遺されたボイスレコーダー(行方不明になった大学生の記録)
なぜ山は、人間を消去しながらもデータだけは現世に遺すのか。当リサーチでは、これを「異界による増殖のための撒き餌」だと推測します。
記録が遺れば、それを誰かが観る。観た者はその場所に引き寄せられ、また新たな「捨てたいもの」を抱えて山へやってくる。記録媒体とは、摩白山というシステムが次の獲物を効率よく誘い出すための「招待状」に他ならないのです。
6. 父の意志と、美琴に付き添う「腕」の正体
美琴はストーカーがいるような感覚に悩まされていました。また、携帯電話へ「敬太を頼む」といった内容の着信、そして建物の中で腕をつかまれました。
私はそれをすべて同一の霊によるものだと考えています。
敬太の父による介入
美琴を悩ませていた霊の正体は「敬太の父」であると考えます。敬太のことを追う記者である美琴に目をつけ敬太を守るために美琴に付きまとっていたのではないでしょうか。
そして建物の中で美琴の腕を掴んだのは、美琴を2階へ行かせないため、そして敬太とともに現世へ戻すためです。
7.建物からの生還の条件とは
では、あの病院のような建物無事に帰還できた者たちの共通点は何でしょうか。生還者である敬太、美琴、そして記録媒体(ビデオカメラ・レコーダー)を分析すると、絶対的な条件が見えてきます。
条件①:何かを「捨てた」人間であること
生還した敬太は、過去に日向を「捨て」、現在進行形で司を「捨てた」当事者です。山にとって彼は「お客様(供給者)」であり、消去すべき対象ではありません。山に穢れを捧げる役割を持つ人間は、現世に戻ることを許されるのかもしれません。
条件②:それ自体が「記録媒体」であること
山は「記録」を現世への通信手段として重宝します。
- 敬太のビデオカメラや大学生のレコーダーが戻されたのは、そこに「恐怖の記録」が刻まれているからです。
そして、最大の謎である「なぜ美琴は無事だったのか」という問いの答えもここにあります。
美琴の正体:人間という名の「記録媒体」
美琴は職業記者であり、常にカメラを回し、メモを取り、事象を「記録」し続ける存在です。摩白山にとって、彼女は「消去すべき一人の人間」ではなく、現世に山の恐怖を伝播させるための「高性能な記録媒体」として認識されたのではないでしょうか。
彼女が生還できたのは運が良かったからではありません。「記者(記録者)」という属性を持っていたがゆえに、山に「利用価値のあるモノ」として現世へ放り出されたのです。
敬太の父親は記録媒体である美琴と司を引きはがし、敬太と合流させることで敬太を生還させようとしたのではないでしょうか。


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